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VMDインストラクター 長谷川勝之さんを取材しました2015年3月

小さなお店のCSRのつくり方

VMDインストラクター 長谷川 勝之さん

長谷川 勝之さん

じてんしゃ雑貨店「千輪(ちりん)」

経営者

VMDインストラクター

東京オリンピックと自転車

 東京オリンピックを2020年に控え、現在東京都内は、急ピッチで整備が進められている。昨年は、オープンした虎の門ヒルズの下をくぐるように通称「オリンピック道路」が開通した。洒落たカフェやレストランが点在してきたその道路に並行して、自転車専用道路が目立つ。オリンピックが開催される年には、自転車レーンを今の2倍にし、シェアサイクルも定着させるという都の方針がある。

 自転車をどこでも乗り降りできるシェアサイクルはロンドンオリンピックで実証済みで、世界中の脱モータリゼーションの先鞭をつけた。交通渋滞解消・エコロジー・健康生活…と、自転車の果たす役割は大きい。

 ところが、それと裏腹に放置自転車の問題が後を絶たない。1.4人に1台あるという国民の自転車所有率のおかげで毎月1,100台が販売されているが、破棄は実に1,065万台位である。自転車は使い捨ての時代になっている。その最多トップ県が東京都だ。オリンピックまで、問題をなんとか解決しなければいけない。

じてんしゃ雑貨店「千輪」とは

 長谷川勝之さんは、オリンピック東京開催が決定した翌年の5月、「じてんしゃ雑貨店 千輪(ちりん)」という、ユニークなショップを都内に開いた。場所は東京スカイツリーのお膝元、曳舟駅近くにある商店街の一角だ。

 千輪のホームページを見てみると、「千輪では自転車を新しく買う事よりも、お持ちの自転車を永く大切に乗って頂けるように、お手伝いをしたいと考えています」とある。したがって、自転車本体は販売していない。自転車に装備できる、愛らしくてかわいいもの、ファッションのように自転車にまとえるものを販売している。店内は、カラフルな小物をディスプレイされており、文字通り雑貨店のようだ。

じてんしゃ雑貨店「千輪」「自転車を、だれもが愛着をもてる乗り物にしたいと思って、このお店をつくりました。気軽に買える価格で、自転車にちょっとつけて格好よくオシャレに乗っていただけるようなものやサービスをするお店です」と長谷川さん。

 店内を見ると、本体に付けるベルやサドル、ミラー、ドリンクホルダー、カゴなどの装備品や、サドルカバー、ハンドルカバーなどのテキスタイル、帽子型ヘルメットやレインポンチョ、ブレスレット型裾バンドなどのファッションアイテムもある。カラフルなものが多く、今流行りの北欧雑貨店のような佇まいだ。ほとんどが自転車用品である。

通りから見た千輪ディスプレイ作業中の長谷川さん 開業する前に通っていたVMDの学校「売場塾」も、お店づくりに大いに役立ったという。ここでは、商品の陳列法や効果的なディスプレイの仕方を教えてくれる。特に壁面とラックのディスプレイがきれいで、通行人の目を引くのは間違いなかった。

 取材をしているとき、若い女性が店に入って、 赤いベルを買っていった。千輪(チリン)の名の通り、ベルがたくさん陳列されている。私はオレンジ色のサドルが気になってプライスカードを見ると、2,000円位だった。なるほど、気楽に買える店だ。

店内はカラフルなベルでいっぱい 「これら備品はほとんど無料で取り付けします。小物ひとつ自転車に付けるだけで、楽しくなります。もちろん、取り付けだけでなく、パンクやチェーン調整を始めとするメンテナンスもします。自転車のピットインみたいな存在になりたいです」

 メンテナンスのひとつに、使わなくなった自転車をきれいに再生して乗れるようにするというものがある。基本的に買い替えを勧めはしない。

 実際、店内に古びた自転車が1台あった。近所の奥様方が持ち込んだものという。亡きお父上が乗っていたものだ。35年前に購入した自転車は、ところどころ錆びており、チューブはヨロヨロで、カゴやサドルカバーも色が剥げて薄汚れていた。この自転車を再生するのが彼の仕事で、錆を落としてピカピカにしたり、全く動かないペダルを動くようにし、古くなった部品を付け替えることによって、もとのように再生するという。根気のいる仕事だ。

持ち込まれた自転車 彼のブログを追っていくと、こんなケースはザラにあるようだ。毎週何かしら不良部分のある自転車が持ち込まれているが、独自の工夫で本体をクリーンアップしてピカピカにして持ち主に戻している。

「このところ、自転車は使い捨てるもの、という観念が定着してきています。街で乗る程度でしたら一万円程度で気軽に買えますが、壊れたり、乗らなくなったらすぐ捨ててしまう。それが今の放置自転車問題につながっています。また、自転車に対するモラルも低下していて、信号無視や暴走、逆走、無燈運転なども頻繁に起きています。自転車をいたわる、大切に乗る…という意識が欠けてきています。だから、自転車に愛着をもって長く乗っていただけるお店をつくりたいと思いました」

ピカピカになった自転車 取材から1か月経ち、持ち込まれた自転車は、写真のようにピカピカになっていた。これなら、亡きお父上も喜んでいるに違いない。

北京で見た自転車の末路

 千輪を創業する一年前、長谷川さんは北京にいた。自転車SPAの最大手企業の中国進出1号店の店長を勤めていたのだ。

 無類の自転車好きで、大学卒業後一旦は異業種に就職したが、どうしても自転車に関わる仕事に携わりたいと思い、三ヶ月で退社、すぐに自転車企業に入社した。メーカーとして小売として、自転車に関わることができる同社にいて、これ以上のやりがいはなかった。来店するお客様と自転車についてやりとりするだけでも楽しい毎日だった。中国1号店に店長として抜擢されたのも、そんなやる気と実績を会社が認めてくれたからだ。入社9年目のことだった。

 北京に赴任して2年が過ぎたころ、子供が生まれ、日本の実家と北京を行き来する日が続いた。そして、日本の同会社の店舗で、ある光景を目にした。それは、ビルの2階くらいの高さまで、積み上げられた廃棄予定の自転車の山だった。ほとんどが、修理すればまだ使えそうなものだった。見るに堪えない自転車の末路だった。

「改めて日本を振り返ると、盗難、乗り捨てなんて日常茶飯事。買って壊れるとすぐ捨てる。安く買える分、大事に使わないで、捨てて新しいものに代える習慣が根付いていました。中国の工場で大量生産する現場は当たり前に見ていて、自分たちがつくった自転車が市場に出回るのを誇らしく思っていましたが、一方で簡単に廃棄される自転車については、深く考えてなかったんです」

 その光景を見てから、だんだん自転車を売るのが楽しくなくなってきた。自転車が好きで自転車の会社に入ったのに…と思うと、気分がすっきりしない日々か続いた。ところ狭しと店頭に自転車を並べている店を見ると、「大量販売、大量破棄」という言葉が呪文のように頭の中を連呼した。

スカイツリー近くの商店街で創業

 会社に辞表を出したのは、北京業務3年の任期を終えて、日本に帰国した後だった。意外と妻の理解もあり、スパッと辞めることができた。自転車以外の仕事は考えられなかったが、もうあんな悩みの日々は送りたくなかった。

 前々から自分のお店を持ちたい…という希望はあったが、単なる自転車販売店をつくるわけにはいかなかった。「じてんしゃ雑貨店」という業態にたどり着いたのはそんなわけがあった。

 今まで、新店や旗艦店の立ち上げも何度となく経験していたから、自店を開業するまでそんなに時間はかからなかった。ただ、お店のコンセプトはブレないようにしたいので、懸命に考えた。日本の自転車店の市場はこうだった。

(1)男性対象のアスリート向き専門店市場

スポーツ、アウトドアなどに使われる男性志向のお店。商品にお金もかけてくれる。

(2)女性対象のママチャリ店市場

格安で大量に売る販売店。量販店が多い。

(3)昔からある商店市場

商店街にあり、自転車を売るというより、パンクなどの修理をするメンテナンス主体の商店市場。

 このうち、昔からある商店市場が少なくなってきていて、代わりにチェーン店が市場を席巻している。そこで考えたのが、「自転車を売らずに、自転車を破棄しないように永く乗ってくれるサービスを行う商店」。

 こんなことが可能なんだろうか…と考え抜いた末、「じてんしゃ雑貨店」という業態に行きついた。それはこんな感じだった。

  1. 主に女性対象のお店
  2. 自転車に愛着がもてるグッズを提案・販売
  3. 今ある自転車を、世界ひとつしかないお客様オリジナルの自転車にカスタマイズ
  4. いつでもよい状態に自転車をメンテナンス
  5. 自転車店がない地域に店を出す

 最後の項目についてはこう語る。

「当初他の人から、自由が丘や代官山みたいなオシャレな街に出した方がいい、と言われました。もちろんそんな資金もなかったのも理由のひとつですが、自転車店がなくて不自由しているところにあえて店を出したかった。女性はもとより、お年寄りや子供にもやさしいお店にしたかったです。パンクひとつでも、遠くのお店まで自転車を引いていくって大変なんです」

 ひょんなことから、「鳩の街商店街」を知った。スカイツリー近くにあり、昭和レトロな街並みを維持、それを強みにして広域から集客する街づくりを推進している商店街だ。商店街の有志でNPO法人向島学会を立ち上げ、それを事業にしている。「下町のアートスポット」としてPRをしているだけあって、街を歩くと、和モダンなカフェや手づくり紙のギャラリー、銭湯などが目立つ。

 

街では、空き店舗に安く入居してくれる起業家を募集していた。審査に応募して、みごと当選。ご覧の様な「鈴木壮」の一角に店を開くことができた。ほとんど開業にお金はかからなかったという。

鈴木壮 写真左側には自転車修理をしている長谷川さんの姿が見える

「民家をお店に改装するリノベーションが流行っていますが、当店はそれ以前ですね。(笑)壁を塗り直して、リユースのテーブルを置いたくらいです。すべて自分で作業しました。外注したのは、電機工事くらいです」

 お店のロゴは、売場塾で知り合ったデザイナーにつくってもらったという。有名な企業や店舗のロゴデザインをしている人だが、超格安で気軽に応じてくれた。サインの状態を見に、わざわざ店にも来てくれたという。

 仲間をとにかく大切にしている。商店街の他の店と互いに商品をPRするなど、コラボすることもしばしば。現に、私が取材した後も、facebookでの宣伝のやり方について、隣のマッサージ店の店主に、パソコンを使ってレクチャーをした。

個人起業でもCSR

 CSRはCorporate Social Responsibilityの略で、企業の社会的責任という意味だ。企業は、お客様や株主など利害関係者の役に立つだけでなく、市民のために持続可能な社会を築かなければいけないということだ。つまり、人々が生活をする上で、いい会社と認められなければ、企業は成り立たないということだ。

 これは、VMDコンサルを行う私のような会社にも言えることで、単に「VMDのコンサルしますよ」では会社足りえないのだ。「VMDで食べていける職業人、VMDインストラクターを増やすことにより、女性の社会参加を活発にさせますよ」位まで実行していかないと、当社の存在価値はないのである。それがCSRだ。

 CSRは、個人店にも当てはまる。単なる自転車店ではダメなのだ。「パンクを修理することにより、地域社会を豊かにする」位では、お店は成り立たない。

 しかし、さすがマーケティングの知識を持つ、もと企業幹部である。「ママチャリだって、もっと自転車を楽しみましょう♪」というコンセプトで店を出し、「自転車の使い捨て型社会構造から、自転車に愛着を持つ社会構造にシフト」という起業理念を持って営んでいる。個人の店でもCSRはできるのだ。いや、しなければいけないだろう。

 CSRは、PSRと置き換えてもいい。つまり、Personal Social Responsibilityである。店主一人一人が社会的責任を負わなくてはいけない、ということだ。考えてみよう。なんのために商店街に八百屋があるのか?本屋があるのか?そしてそれらはどうして生き残っているのか?

 生き残っている八百屋には野菜ソムリエがいて、住民の美と健康を気遣う何かをPSRで行っているかもしれない。生き残っている書店にはブックディレクターがいて、来店客一人一人にあった本をセレクトするというPSRを行なっているかもしれない。本をセレクトすることで、その人の人生をバラ色にしたり、夢をかなえてくれるのだ。

 単に、野菜をスーパーより安く売ってもお客様は来ない。単に、人気作家の新刊を売るだけでは、お客様は来ない。生き残るためにはPSRが必要なのだ。

 しかもそれは、商店主に限ったことではない。サラリーマンにも言えるだろう。単に会社の売上を上げて会社に貢献しているだけではダメだろう。最低、会社を通じて社会に貢献している・・・という自負がなければ、PSRと言えないのだ。

 取材の最後に、彼はこう締めくくった。

長谷川勝之さん facebookを発信しているところ「これは夢ですが、この店が成功したら、それに続く店を全国に増やしていきたいと思っています。こんな店が近くにあってよかった、と生活者に思われるような、気軽に立ち寄れるコミュニティーカフェの様な存在になりたいです」

 オリンピックが東京に来るころは、都内の自転車専用道路が整備されているはずだ。その時、その道で意気揚々と自転車を漕いでいる人の何人かは、チェーン店「千輪」の顧客かもしれない。これを機会に、ぜひ全国に自転車の千の輪を広めていってほしい。

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