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小林 公美さん
株式会社島忠
ホームズ新山下店
家具店のVMDにおいて、イケアの生活空間展示や大塚家具のテイスト別ゾーン展開はもう当たり前になってきた。リビングセットやベッドといった、アイテム別でない家具の売り方が開発されている。MUJIホテルが4月にオープンしたが、ホテルの下層階に無印良品を展開し、MUJIホテルで利用した調度品がそのまま下層階で買えるという、モデルルーム体験型購入という新しい売り方も注目の的だ。
(株)島忠が昨年12月にリニューアルオープンしたホームズ新山下店の家具フロアもそうだ。その時はTSUTAYA BOOKSTOREとのコラボ店ということで話題を喚起した。だが私の興味があったのは、コーヒー片手に本を読みながら家具を体験するということよりも、家具のテーマ別展開と言う点だった。写真を見ながら詳しく話していこう。
家具フロアの入口はTSUTAYA BOOKSTOREエリアになっており、そこから奥が家具ゾーンになっている。メイン通路はライフスタイルストリートと呼ばれる。雑貨をディスプレイさせたテーブルがストリート上に並んでおり、その左右がライフスタイルテーマで構成されたやぐら型の部屋になっている。部屋はストリートの左右6つずつほどあり、その中には家具や雑貨が展開されている。
やぐら型なのでどの位置からも中が見えるシースルールームになっているのだが、このルームはインデックス化され、それぞれ「癒し」「眠る」「作る」「寛ぐ」などとサインがついている。さらにやぐらの入口に大きなテーマ名がボードで掲示されており、例えば、「癒し」サインの売場は「グリーンがある暮らし」、「眠る」サインの売場は「川の字で眠ろう」、「寛ぐ」サインの売場は「ヨコハマブルー」などのテーマ名が見える。
写真 TSUTAYA BOOKSTOREを起点として、主通路の奥半分はライフスタイルストリートとなっている
写真 家具ゾーンはインデックス化されたやぐらが並ぶ
やぐらの部屋別テーマを2つピックアップしてみよう。「眠る」サインの「川の字で眠ろう」テーマの部屋は、文字通り川の字で眠る大きなベッドを提案している。「おやすみなさい」と家族全員が同時に布団に飛び込み、寝息を立てるイメージがディスプレイに醸し出されている。なるほどベッドにも団らんがつくれるのか、と感心してしまう。実際によく売れており、テレビ番組にも取り上げられたという。土日になると家族がこぞって試し寝している光景がうかがえるらしい。
写真 「眠る」ルームは、「川の字で眠ろう」を提案
写真 川の字で眠れるベッド。家族の人数に合わせてサイズは調整できる。
川の字ベッドの奥のスペースには書籍が展開されており、それぞれ「快眠」「眠る前に」「寝ながら」「親子で眠る」「疲労回復」などの見出しが棚に設置されている。この見出しは蔦屋書店でよく見る、あのライフスタイル分類だ。日ごろ寝不足で睡眠をなんとかしたいと思っている私も、ついつい棚本に見入ってしまう。書籍に隣接してベッドライトやアロマ、スローケットが陳列されており、眠りをいざなってくれる音楽CDも販売している。
写真 「眠る」ルームの半分はそれに連動する書籍や雑貨で構成されている
写真 書籍に続いて眠りを誘う音楽CDが販売されているエリア。視聴もできる
このようにこの部屋では、「眠る」に関して家具だけなく、体験と知識と音楽を提供し、徹底したライフスタイル提案空間をつくっている。通常の家具店はベッドを広大なフロアに並べて、試し寝をさせているケースが多いが、ここでは「川の字に寝る」というテーマに絞ってベッドを取り上げ、その環境から派生するさまざまな眠りに関連する商品を提案しているのだった。
次は、「作る」インデックスの「インテリアで遊ぶ」テーマの部屋をみて見よう。ここでは、家具と言うより、空間のイメージチェンジができる装飾ツールを販売している。decolfaというシリーズのマスキングテープをはじめとした、フレームやオブジェなどの装飾ツールを使って、空間を自分の好きなイメージにデザインする提案をしている。やぐら内には数人が座れるテーブルがあり、ここで定期的にデコレーション教室を開催している。クラフト講師を呼んで、小物入れやバッグや花瓶と言った生活用品にマスキングで彩りを加えるスキルを教えている。
その奥は「眠り」ルームと同じように、書籍やろうそくなどのアンチークオブジェが展開していた。decolfaの装飾ツールで飾られた壁面もあり、これを使って住空間をアンティークな世界に変えられることが想像できる。
写真 「作る」ルームはMDテーマが「インテリアで遊ぶ」
写真 マスキングテープを使ったクラフト教室も開催している
家具店というと、広いフロアに家具をアイテム別に展開しているケースがほとんどだろう。こうしたフロアは土日でない限り、閑散としている場合が多い。お客様も広いフロアで家具を探して歩かねばならず、年配の人には苦労が多い。かといって、すべての時間を店舗スタッフに案内してもらうには気が引ける。買う目的が鮮明でない人には、人気のないフロアでうろうろするのも落ち着かない。
同店が家具店におけるお客様の買い方を変える画期的な事例となるわけは、ゾーニングにある。図を見てみよう。エスカレーターで家具フロアに上がった最初の売場はカフェと書店である。そこから、奥のフロアまで長い一本道が伸びている。これがフロアの主通路だ。主通路の中央には等間隔にテーブルが置かれており、そこが商品の特集売場になっている。(写真)
この日、TSUTAYS BOOKSTOREエリア内主通路のテーブルは、ファッション雑誌や横浜周辺タウン誌の特集売場になっていた。主通路は家具フロアのところからライフスタイルストリートという名称になっており、そこからテーブルの上は書籍でなく、生活雑貨に変わっていく。(写真10)例えば、写真11では、「食べるはいつも楽しい」というMDテーマでかわいい形の食器を取り揃えていた。各テーブルには大きな説明POPが設置され、MDテーマがわかりやすい。例えば写真12のテーブルは「自分に似合う服を選ぶように(ブックカバーを選ぼう)」というテーマで、色とりどりのブックカバーが展開されていた。
写真 書籍フロアから家具フロアまで続く一本道
写真 家具フロアのライフスタイルストリート
写真 MDテーマに沿ったテーブルティスプレイ
写真 テーブルにはMDテーマを解説したPOPが立っている
テーブルの左右には前述の「テーマやぐら」が存在している。テーブル上の雑貨とやぐら内の雑貨は、品揃えは違えど生活用品としては違和感がないので、お客様はそのままスッとやぐらの中に入っていける。やぐらの中には、椅子やソファが展示されているので、そこに座ってコーヒーを飲みながら本を読むこともできる。コーヒーは入り口のWIRED KITCHENで買って持ち込んでもよい。この日も、テーブルに座ってコーヒーを飲みながら本を読んでいる人が数人いた。
このやぐらとテーブル雑貨の作用で、雑貨を楽しみながら家具に興味を覚えていく。またはその逆で家具を見ながら雑貨に興味を覚えていく、ということになる。雑貨だけでいいという人はライススタイルストリートでゆっくりすればよいし、家具に興味が高まった人はそこから上下に伸びる家具専用ゾーンに進めばよい。(図)
このような、ライフスタイルストリートを主軸にしたゾーニングは功を奏しているか、同社広報室に訊いてみた。
「お客様の店内滞在時間は長くなりました。1時間位いらっしゃる人もざらにいます。さらにキッズコーナーを家具フロアに設けたのが功を奏し、小さなお子様がいらっしゃる家族の方が来やすくなりました。以前は40〜50代の世代の方が多かったのですが、20〜30代のニューファミリーの方も多くなりました」
キッズコーナーは写真13にあるように、階段状の読み聞かせスペースと、約3万冊展開している児童書ゾーンで構成されている。約3万冊は横浜地区最大だそうだ。読み聞かせスペースは定期的に同店がセレクトした絵本を読み聞かせてくれる場所で、毎回多くのファミリーで埋まっているそうだ。店舗の若返りに一躍買っている。
図を改めてみてみよう。AとBの交差点から上に向かうとキッズゾーンに突き当たるので、ここはライフスタイルストリートから上へのマグネット売場になっているのかわかる。キッズゾーンに行くまで、リビング・ダイニング・雑貨ゾーンも通るので、自然と家具に興味がわくようにできている。家具はテイスト別に展開しているので、生活シーンを想像しやすい。
では、下側ゾーンはどうかというと、シモンズベッドがマグネット売場になっている。国内最大の年間取引金額を誇るシモンズベッドの商品を展開し、世界に3台しかない寝姿勢計測システム器もここにはある。したがってBまたはCを起点として下のベッド売場に向かうことになる。やはりこの間にもリビング・ダイニング・雑貨があり、ここを経由することになる。
まとめると、家具フロアはTSUTAYA BOOKSTOREを玄関としてライフスタイルストリートへお客様を誘導し、そこから自然と家具専用スペースを回遊させるような仕掛けになっているのである。
写真 キッズの読み聞かせコーナー
来店客の店内滞在時間と回遊距離を長くしてくれるライフスタイルストリート。ここのテーブルの売場は、だれがつくっているのだろう。それは小林公美さんというVMDインストラクターだ。VMDインストラクターとは文字通りVMDを指南する人を指し、私が教鞭を執っているVMDの学校「売場塾」の資格名である。彼女がテーブルディスプレイ制作チームを率いて3か月に1回、テーマをつくって売場を変えているのだった。
彼女は売場塾に通学していたころは本部のバイヤーだったが、いろいろな店舗での販売経験に加え、主要店舗の立ち上げもやってきた人だ。バイヤーのころは、仕入だけでなく仕入れた商品でどのように売場をつくるかを常に考え実践してきた。
「大学から当社に就職して関西の店舗勤務になりました。その時から、現場スタッフとして、店長といっしょに考えながら売場づくりをしていきました。特にうれしかったのは、売場を変えて売上数字が上がったことです。ますます売場づくりにのめり込みました。そうこうしていううちに、VMDという言葉を知って、売場づくりに理論があることを知りました。それが後で売場塾を受講するきっかけになりました」
関東に転勤してからは、新店の千葉ニュータウン店配属になり、新店立ち上げの売場づくりにも関わった。家具を使った生活シーンを自ら企画してディスプレイしてみた。手ごたえはあった。お引越しのお客様を接客した際、椅子やテーブル、キャビネット、机などセットでご購入いただき、「ありがとう。」というお言葉を頂いた時は、この仕事をしていて良かったなと心から思い、うれしかった。
住まいに関しての夢や想いをお客様と共有していくうちに、家具に対する愛情も芽生えてきた。実は、家具が好きという理由で入社した当時は、家具は興味があるくらいのレベルだった。それが、理想の家具を探そうとするお客様に携わっていくうちに、自分自身もこんな家具があったら楽しいな、とお客様の立場で考えるようになってきた。家具や雑貨だけでなく、ファッションにも興味を持ち、服店もいろいろ回って売場づくりの参考とした。
試行錯誤して売場をつくるうちに、ディスプレイが変わるだけでお客様が商品に興味を持つということも肌で体感した。リビングスタイリストの勉強もして資格も取った。今はそれも役に立っていると思っている。
「本社のバイヤーになった時も、現場に近いMDでいたいと思いました。それで、仕事はMDでも、新店や改装時には、視覚的に魅力ある売場づくりもできるMD、つまりビジュアルMDとしての役割も担っていくように心がけました。結果、仕入れた商品がいくらよくても、現場で魅力的に見えないと売れないことを経験しました。VMDの職は当社にはないのですが、これからも現場を重ねることによって、ノウハウを積み上げていきたいと思っています」
その勢いで、売場塾に入りVMDインストラクターの資格を取ったという。そのあと、JDCAというディスプレイ専門学校に通ってディスプレイクリエイターの資格も取った。写真15はSNS用の写真スタジオセットだが、右側のフラワーカーテンはJDCA直伝の技で作ったという。
写真 SNS用のスタジオセット
「この店の2Fフロアの従業員は90名位いますが、うち6〜7名位が雑貨テーブル制作チームとなり、3か月に一度テーブル売場をつくっています。毎回このチームで商品選定から位置決め、ディスプレイ制作まで行っています」
9月に同店に所属になってから12月にオープンするまで、同店の従業員に率先してVMDを教えてきた。自分でテキストを作成して研修もしたという。それはまさにVMDインストラクターならでは。従業員は社員だけでなくパートもおり、1から売場づくりを丁寧に教えているという。
研修は現場で教えるのが最も効果的だというのもわかった。お客様目線でディスプレイを推敲できるからだ。例えば、お客様が商品を取りやすく戻しやすいかをいつも気にしている。写真16のように、出来上がったテーブルディスプレイの中の商品に実際に手を伸ばしてみて、取りやすく戻しやすいかいつも確認している。
写真 取りやすいか確認している小林さん
「ケーススタディを蓄積していって、全店のVMDに関わるようになれたら本望だと思っています。それには今かかわっているこの店のVMDをとにかく1年間しっかりやっていくこと。VMDは季節や時期に連動していきますので、1年の集大成を当社のノウハウとして他のお店につなげていけるよう、がんばっていきます」
渡された彼女の名刺をみて見ると、肩書が3行、商品装飾技能士2級、リビングスタイリスト1級、VMDインストラクターと並んでいた。本当に空間をつくるのが好きなんだな、と感心し、お店をあとにした。同店のこれからに注目したい。
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