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北山 瑠美さん
株式会社スマイルズ
クリエイティブ本部 デザイン室
グラフィックデザイナー
ビジュアルマーチャンダイザー
都会に住むOLなら誰でも知っているSoup Stock Tokyo。株式会社スマイルズが運営している食べるスープの専門店だ。正しく言うと、スマイルズの100%子会社の株式会社スープストックトーキョーが運営している店だ。
このスマイルズ、Soup Stock Tokyo以外には、PASS THE BATON (パスザバトン)、giraffe(ジラフ)、100本のスプーンも経営している。いずれもユニークな店として話題になっている。PASS THE BATONはセレクトリサイクルショップ、giraffeはネクタイ専門店、100本のスプーンはファミリーレストランだが、かなりユニークな店だ。マクドナルドやユニクロといったチェーン効率を重視する流通会社とは一線を画していて、クリエイター集団が小売店を経営しているという感じなのだ。
例えば、PASS THE BATONは、モノを人から人へつなぐ媒体として捉えており、個人から集めた想い出の品物に持ち主のプロフィールとストーリーを添えて販売するというしくみをつくっている。giraffeは、ネクタイのデザインを体温に見立てて表現している。38℃のデザインは、36℃のデザインよりも少しエッジが効いてるのだ。40℃のデザインはかなり個性的だ。100本のスプーンについても、「本来あるべきファミリーレストラン」を起点としたユニークなしくみを展開している。これについては後で詳しく述べる。
これら店舗の一連のVMDは、デザイナーであり、ビジュアルマーチャンダイザーでもある北山瑠美さんが担当している。ショップのアプリケーションデザインとVMDが基本的な仕事だ。デザインは、リーフレット、パンフレット、POP、メニューなどの店内ツールから、店名ロゴ、商品パッケージに至るまでの大小さまざまなものを制作している。その上、商品づくりそのものにも参画している。実例を見ていこう。
まずは、Soup Stock Tokyoのスプーン。昨年、スプーンのデザインリニューアルにデザインチームとして関わり、その展示台もデザインした。現代アートのようなスプーンが浮いているディスプレイデザインとパッケージデザインは彼女のオリジナルだ。
新しいスプーンはグッドデザイン賞を受賞した。 食べ心地にこだわったデザインである。
スプーンは店頭で販売もしている。そのディスプレイ。
これは割りばしの袋のデザイン。割りばしの所作をユーモラスにイラスト化している。子供のころの「いただきます」の精神を思い出させてくれる。
「両手を合わせ、いただきます」など割りばしを使う所作をイラスト化している。
こちらはクリスマスツリーの店内オブジェ。スプーンをリニューアルしたおかげで、今まで使用してきたスプーンはお払い箱になった。もったいないと、彼女がそれを使って自作した。オフィスの入り口にそっと置いて社員の反応を見た。結果、「これはおもしろい」ということになり、採用が決まった。制作は震災により仕事を失ってしまった宮城県南三陸町の東北グランマに依頼した。
旧スプーンは、著名なデザイナー柳宗理の作だった。
誰彼から指示されていないのに、必要だと思えばいつでもつくる。こんなノリで仕事が作られていくのは、スマイルズでは珍しくないという。
例えば、コーヒーカップのスリーブ。これも一般的に出回っているスリーブへの不満から、彼女が自ら考え出したという。
「テイクアウトのスリーブは便利ですが、気になるところがたくさんありました。帯になっているため、下にズレてくるし、間違って帯の下に指を置くと熱かったり。これらの問題を解決したいと思ってつくったのが、新しいSoup Stock Tokyoのコーヒーカップです」。
黒と白のシンプルなデザインのカップ。スリーブが底まで達しており、これなら指がつく隙間はない。しかも、カバーを取ると「今日もよい一日になりますように」という文字が出てくる。ちょっとした工夫で癒しを与えてくれる。
新しくデザインされたテイクアウト用コーヒーカップとスリーブ。
訊くと、スタバを始めほとんどのコーヒーカップは、帯が下についていないという。「こんなのがほしい」を素直に実行してきた。
それどころか、最近は製品自体を立案するようになってきたという。
例えば、ビールだ。
「Soup Stock Tokyoには実はビールも置いてあるんです。ハイネケンですが。でもあまりお客さまは気づかず、ビールの存在は知られておいません。。そして、「なんでハイネケン?」といつも疑問に思っていました」
お店のメニューのソフトドリンクの最後に小さく書いてある「ビール」という文字。申し訳なさそうに書いてあるように見えた。ハイネケンはなんとなく、Soup Stock Tokyoの世界観にあっていない気がした。
Soup Stock Tokyoは、居酒屋みたいにプハーと飲む場所ではないけれど、仕事帰りに立ち寄って、気分を炭酸で癒したい気持ちはいつもあった。それはコカ・コーラでもないし、ハイボールでもない。おいしいビールだ。ではおいしいビールってなんだろう?その日からビールの探求が始まった。
「どんな味がSoup Stock Tokyoに合うビールなのかな?という思いから、世間で販売しているビールを片っ端から飲み比べました。そして感覚だけで飲むのではなく、しっかり理論で味を捉えたいと思い、ビアソムリエの資格を取りました。」
スーパーや酒店で販売している国内外のビールを会社のテストキッチンに集めた。社員にも飲んでもらい、アンケートを取り、どんな味や香り、のど越しが好まれるのか調べた。大手メーカーのビールはもとより、日本の地ビール、ヨーロッパのクラフトビールなども試した。ビールのカタチや色、ラベルも写真に撮って研究した。
日本のビール事情を調べていくうちに、あることがわかった。それは、日本のビールは上面発酵のラガーが主流だが、ほとんどは商品完成前に炭酸をびんに封入するのだという。あのシュワーとするシズル感は実は人工的に詰め込まれていたのだ。
「その上、次発酵を防ぐため酵母をろ過してしまいますので、私たちのビールは、ビール本来の味というものをお届けしたいと考えるようになりました。」
どんなビールが本当にうまいと言えるのか?Soup Stock Tokyoの顧客でもある自分自身に納得できるビールをつくりたいと思った。
「とにかくたくさんのビールメーカーに電話しました。大手はほとんど門前払い。中小の地ビールメーカーでも、相手にされないことが多く、いつまで経っても返事が来なかったです」(笑)
やっとのことで、話を聞いてくれるビールメーカーに行きついた。ビール本来の製法と味にこだわり続けているビールメーカーだった。会社幹部に会い、「こんなビールをつくりたいんです」と、熱く語った。「やってみましょう」。ビール会社の社長は承諾してくれた。その瞬間、これはめぐり逢いの何物でもないと悟った。この縁を大切にし、ぜひとも成功させなくてはならないと志を新たにした。
配合を変えた試作品を何度となく飲んだ。酵母の種類や焙煎された大麦の量を変えて試すなど、試行錯誤の時間が過ぎた。出来上がったビールは、味はど真ん中の直球、大麦の香りとコクがあり、それでいてのど越しがなめらかな、女性でも飲みやすいビールになった。コップに注いだ泡も、クリーミィでお腹も張ることがない。酵母が無濾過のため、要冷蔵という商品になったが、これも昔ながらの製法とビール本来の味にこだわった結果だ。
出来上がったビールの名前は「瓶のビール(酵母のピルスナー)」になった。
「瓶ビール、と言う言葉がありますが、これは居酒屋でお客様が注文する用語。また、缶ビールという言葉はほとんど家庭向き、個人向きの言葉です。接続語の「の」を付けることによって、瓶自体に主体性を持たせ、女性でも頼みやすい響きに聞えるようにしました」
小説を片手にビールを飲むシーンをディスプレイに表現したという。取材中に即席でつくってもらった。
このディスプレイは、6月にSoup Stock Tokyo全店で展開される予定だ。4月30日にオープンする自由が丘の新店「also Soup Stok Tokyo」では、一足早くお目見えする。
トントン拍子にいったかのようなビール開発。実は、会社に7回却下されて8回目にようやくゴーサインが出たという。
「当社は、どんなアイデアも事業部会に提案してOKを取らなければ、事業化、商品化できません。鉄則なのは、だれもがシーンをイメージできること。コンセプトは大事ですが、言葉は人によってとらえ方が違います。ビジュアルで明確にシーンがイメージできないと、GOは出ません」
事業部会とは、社長や取締役が同席するプレゼン会議だ。ここで彼女は何度となく、待ったをかけられたという。
ようやくOKが出た8回目のプレゼンシートを見せていただいた。それは初めて提案してから2年を経た企画書だった。Mac Airのモニターに映し出された「瓶のビール」のシーンはこれだ。
それは物語風になっていた。
物語の主人公は、なんだか北山さん本人に似ている。オフの日はいつも一人秘境に出没している彼女に。彼女のブログにアップされている写真は、島民の営む食堂や、だれもいない海岸、山奥のダムや巨大な地下放水路などだ。海外一人旅もよくしている。それは決まって神秘で自然なところだ。
仕事のインスピレーションは、こんなところから発想できるという。冒頭のコーヒーカップカバーのアイデアも、北欧の旅で飲んだコーヒーカップからヒントを得た。
自分の好きなことを自己実現できる会社、それがスマイルズだ。
最後に100本のスプーンの話をしよう。これは、昨年二子玉川にオープンしたファミリーレストランの名前で、「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す。」をコンセプトに同社が開発した店だ。注目すべきは、しくみと体験だ。
「本来、ファミリーレストランは家族で外食をするお店、つまりコドモにとってはワクワクする場所だと思うんです。自分が本当に家族を連れていきたくなるファミリーレストランを考えたのが、100本のスプーンです」 と語るのは広報の蓑毛萌奈美さん。
「100本のスプーンに、お子様ランチはない。子供のメニューはすべて大人の料理のポーションを小さくしたものとし、器やカトラリーのデザインも同じだ。
さらに店内にさまざまな仕掛けをした。まずは、新聞スタンドだ。新聞そっくりにメニューをつくり、キオスクの新聞スタンドのように店頭に置いた。目立つので「何が書いてあるんだろう」と、人が寄ってくる。店に入らずに持ち去る人が後を絶たないという。
この新聞風メニュー、表紙は塗り絵になっていて、入店した子供には色鉛筆を渡す。すると、席に着いた子供は表紙の塗り絵に夢中になる。親が「レモンは何色だったかな」と子供に語り掛けるシーンも見られるそうだ。中身は献立だけでなく、牛のどこの部位を使っているか、オマール海老はどういう形をしているのか、イラストでわかりやすく書いてある。軽い食育にもなっている。
他にも仕掛けがある。壁に設置している黒塗りのレトロの電話機はシェフとつながっていて、電話を掛けるとシェフか出る。トイレのサインや、店頭の立て看板は、オトナ用とコドモ用の2種類がある。
こうしたツールはほとんど北山さんがデザインしており、Soup Stock Tokyoと同様、クスッと笑える要素が組み込まれている。文字通り、スマイルズらしい笑えるユーモアだ。
VMDをディスプレイの技術と世間は言うが、単にディスプレイを美しくつくっただけではお店の売上は上がらない。魅力的なディスプレイに加え、商品自体の仕掛け、体験を与える仕掛け、そして空間の世界観醸成の4つが必要だ。
幸いなことに、同社はクリエイティブ部門が充実しており、この4つを充実させることができるスペシャリストが各セクションに存在している。クリエイティブ本部には市場開発室、店舗開発室、デザイン室、Webデザイン室、広報室、PM室があり、それぞれには、店舗デザイナー、グラフィックデザイナー、Webデザイナーなどのスペシャリストが存在している。各部門は組織的には独立しているものの、オフィスの部屋はつながっており、部門を超えてコミュニケーションできる環境になっている。社長室や取締役室もなく、上司も部下もみんな同じ机に座っているのだ。
そのため、商品と空間、体験と空間、体験と商品・・・というように、いつでも思い立ったときに連携してデザインを推進するようにできているのである。
店頭演出作業をディスプレイ会社や施工会社に丸投げすることが多い中、スマイルズのように、 自分たちでつくった方が、間違いはなくスピーディで正確だ。同社のクリエイターは彼女のようにマルチなので、表現に対するこだわりは強く、独自性を発揮できる。
特に彼女の場合は、デザインや造作だけでなく、現場スタッフの教育指導もしているのが特徴だ。下記は、Soup Stock Tokyoの冷凍スープ物販コーナーの棚割り改善図だ。お客様が探しやすく見やすい順番に商品を並び替えたBefore Afterの写真が提示されている。
「Soup Stock Tokyoは現在約70店舗ありますが、すべてのお店を店舗診断して回りました。ガラスケースや冷凍ケースの中、ラックの棚割りやPOPの位置などを、店舗スタッフと一緒に改善しました。その報告書をガイドラインにまとめて、お店づくりの指標としました」
Soup Stock Tokyo全店のカイゼンは、VMDの学校「売場塾」が役立ったという。彼女とは、私の運営しているこの学校で知り合った。彼女は「歌って踊れるVMDになりたい」と言っていたのをよく覚えている。
VMDの仕事は意外と分化していて、プランナー、デザイナー、インストラクター、デコレーター、店舗デザイナー、POPライター・・・と多岐に渡る。これらをすべて実行できるビジュアルマーチャンダイザーは少ない。大抵が、不足部分を外注したりと手間暇がかかっており、その分タイムラグが発生し、意思疎通も複雑になる。日本の有名ブランドは、マス広告は格好よくても売場はガタガタなのは、こんなところが理由になっている。日本のVMDは、彼女のような、歌って踊れるビジュアル・マーチャンダイザーが必要なのである。
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