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VMDインストラクター 池松 美千代さんを取材しました2010年1月

ビジュアル・マーチャンダイジングは 職人としてのライフコース

VMDインストラクター 池松 美千代さん

池松 美千代さん

Pure Heart代表

フラワー&ディスプレイコーディネーター

 男女雇用機会均等法が制定されて20年以上になるが、相変わらず日本のビジネス社会は男性寄りだ。今でこそ、育児休業を取得する女性が増えてきたものの、結婚・子育て・夫の転勤で職を変えざるを得ない女性が大半だ。

 女性の正社員比率は男性に比べて低く、退職後は派遣かパートの職を得るという人が多い。この不況下で、ますます職業選択の自由は狭まれているといってもいいだろう。

 その反面、起業する女性が目立つようになってきた。カラー、フラワー、インテリア、フードなど、コーディネーターという言葉が末尾につく職業は活発化している。手に職を持ち、自宅で開業できることは、子育て主婦としては最適なことだ。ただ、仕事として成功するかどうかは定かではないが。

 Pure Heartというディスプレイコーディネーター事務所を自宅で営んでいる池松美千代さんも、結婚・子育て・夫の転勤の3セットの元、職の環境も変えなければいけない一人だった。

テレビ局契約社員から職人へ

 「結婚してから、夫の転勤がとても多かったです。東京→浜松→東京→神戸→東京・・・ こんな感じでした。私はテレビ局の仕事をしていたのですが、結婚してすぐに夫が浜松に転勤になりました。それで局を退職して、浜松に移り住んだのですが、なんと着任してから1ヶ月でまた東京に異動になったんです」

 仕方がないので、人材派遣会社に登録して職を探した。でも当時の派遣は事務職ばかり。テレビ局では、ドキュメンタリー番組のプロデューサーアシスタントをしていたので、経理や営業事務はまるで経験がない。

 しばらく考えた結果、「職人になるしかない」と決意した。

「そうだ、花だ!と思いました。テレビの制作をしていた当時、スタジオのワイドショー番組のセットに花を飾っている女性を見て、かっこいいな・・・といつも思っていました。手に職をつけるのなら、花しかない! そう思ったんです」

 その矢先、今度は神戸に転勤になった。早速、神戸で花に関わる職がないかと探し始めた。やがて、新聞の求人広告を見て葬儀社にパートで入った。娘が幼稚園児になったので、平日昼間の勤務で担当は社葬だった。

「社葬がこんなすごいとは思いませんでした。大阪ドームなどの大きな施設で行う社葬ばかり。祭壇には何万本もの花が咲き乱れた壮大なものでした」

 とはいえ、まったく花の経験のない端くれ者。半年間は花に触れることなく、清掃や市場から仕入れてきた花の水揚げ作業などをやるのが主な仕事だった。2年が経ち、やっと小さな祭壇から大きな祭壇のセットを手がけるようになった途端、夫の転勤があった。

 結婚して3度目の東京だった。今度はもといたテレビ局のツテで、スタジオセット花部門の専属会社にパートで所属。朝のワイドショーなどのフラワー装飾をアシストした。 念願かなったかに見えたテレビ局の花装飾だったが、「少し違うかな」と思い始めた。

「テレビ局は意外と造花が多かったんです。番組の制作コスト削減のための工夫が花にも及んでいました。確かにスタジオは華やかなのですが、生きた花を扱いたいと思うようになりました」 三度目の職は、シティホテルの花卉課に契約社員で入社した。平日パーティの装花担当を毎日一人でこなした。

「シティホテルの平日は企業や団体のパーティがほとんど。セミナー会場の演壇の花やビュッフェのテーブルフラワーの制作、セッティングが主でした。時間との戦いのスピードが要求される仕事でしたが、葬儀社の経験が役に立ちました」

シティホテル玄関のフラワーディスプレイ

 やがて、エントランスにもテーマ性があり季節を感じてもらえるフラワー装飾をするようになった。造花よりも生花が引き立つ、と会社にアピール。その甲斐あって、本館と新館に2週間のローテーションで花を生けることになった。 やっとフラワー職人と自負できるほどになった。

 ここまでになるまで、結婚してからどのくらい経ったのですか?と聞いてみた。

「ここまでで17年になっていました。娘も小学3年になっていました。相変わらず、学童保育所から娘を引き取るために、ホテルからダッシュで帰っていましたけれど」

 思ったよりも地道だ。花一本で年月を結構かけている。ところで、花とVMDの接点は? 「VMDとの接点は、私が独立しよう!と思って、そのホテルを辞めて、3年位がたった頃でした」

そうだ、独立しよう

 学童保育は小学3年生で終わってしまう。ならば、自分の生活スタンスで仕事ができるように、と独立することに決めた。これには、主人も賛成してくれた。 しかし、独立は仕事の環境が大きく変わる。 フラワーの資格や経験は豊富だが、自分で仕事を取ってこなくてはいけない。提案書やPRパンフレットも必要だ。

 パソコンスクールに通って、一通り企画書が書けるようになると、住宅展示場に目をつけ、飛び込み営業して回った。「とにかく必死でした。あたって砕けろ!の精神でした。(笑) ラッキーなことに住宅展示場は、フラワーアレンジメント教室のイベントや、来場者への鉢ものフラワーのノベルティ制作などの仕事を請け負いました。現在も継続中です」

最初のVMDは醤油

 目黒の学芸大駅の近くにフラワー教室を開いたのもそれから間もないころ。ここにVMDの接点があった。

「当時、駅前にタツヤ・カワゴエさんのレストランがあって、よく寄っていました。今でこそ有名なカワゴエさんも、当時は私といっしょで独立したばかり。お互いにがんばろうね、と励ましあいました。やがて、カワゴエさんから、醤油を使った新しい調味料のギフトプロデュースを手伝ってくれないか、と声がかかりました」

 コスメキュイジーヌという商品で、顆粒状の醤油にイタリアンバルサミコ酢の風味を調合し、フリーズドライにした新感覚の調味料。カルバッチョやパスタ、サラダにかけてもいけるという。

 これをギフト用に、彼女のつくったブリザーブドフラワーとセットにして伊勢丹などのデパート中心に販売した。その縁で、顆粒状の醤油を製造している株式会社かめびしの女社長と出会った。 「醤油のイメージを一新したい・・・というのが、かめびし岡田社長の思いでした。醤油は和食に欠かせないものですが、地味な印象があります。それを顆粒にして、洋風料理にも合わせられるように開発したのがソイソルトという商品です。パッケージもカラフルでオシャレ。私も気に入りました。

 社長と同じ年代でしかも女性、ということで、ぜひ社長の夢をかなえたい、と思いました。売場づくりは初めてでしたが、何とか工夫してみました」

ソイソルトのテーブルプレゼンテーション

 再び伊勢丹の地下食品フロアで売場づくりに励んだ。商品の陳列やディスプレイ、POPの設置から販売員ユニフォームのデザインに至るまでトライしてみた。この形、タワーにしたほうが見栄えがいいのでは、とボトルをエッフェル塔のように積み上げた。どんな料理にあわせたらいいか、を表現するために、寸胴に入れたパスタのオブジェや生野菜の塔をつくり、ディスプレイしてみた。とにかく必死だった。

 結果、売上げは上がり、初トライのVMDはなんとか乗り切った。

 そのうちに、醤油でチョコレートをつくりましょう、ということになった。ソイショコラといってバレンタインの目玉に据える戦略商品だ。 今度は、商品開発の段階から入った。商品パッケージの監修、リボンの提案、売るときの陳列方法など幾度となく提案した。

 やがて、ecute品川・催事スペースの売場づくりが始まった。品川ecuteは若い女性に人気のあるエキナカスポット。スイーツの有名な店が、ぎっしり入居している。他の店に負けたくない、と思った。

ソイショコラのガラスケースレン列

 一番苦労したのは、「かめびし屋」と言う江戸時代から続く伝統あるしょうゆ蔵が作ったチョコレートであると言う点をどのように表現するかと言うこと。また、その伝統のストリー性を語る部分がどこかに欲しいと言うecuteからの難しい要望もあり、かなり悩んだ。

「醤油のチョコレートという珍しさもあって、かなり売れました。当時のJR東日本ステーションリテイリングの鎌田由美子社長にお会いしましたが、VMDにはとても熱心な会社でしたね」

 ecuteとはその縁あって、カスピーネというヨーグルトのお店を紹介していただいたという。「常設店のVMDも初の試み。工夫したのは、ヨーグルトのサーバーの色を変えるところからでした」

 店のカウンターには、ジュースサーバーが6本並んでいたが、いずれも見た色が地味だったという。「ヨーグルトとフルーツジュースを初めからブレンドして販売しているので濁色になっていたんです。そこで、プレンド前のプレーンヨーグルトとフルーツジュースを別々のサーバーに入れることにしました。すると、黄色や緑色がきれいに出てカウンターが映えるようになりました。客の注文に応じて混ぜる、というオペレーションに変更しました」

 さらに、ジュースサーバーのきれいな色がひきたつよう、カウンター自体を白いアクリルに変え、フルーツや野菜の写真を大きなPOPに掲げて、フレッシュ感を出した。春夏メニューの変更時には、各サーバー・POPの配置を換えられるようにした。リモデル後の評判はよかった。 「今ではVMD業務はフォローが大事だと痛感しています。後日、お店に行ってみて、「ここは、こうしたらもっといいのにな」と思うことがあります。VMDはディスプレイや陳列を客目線で組み立てるのも大事ですが、キープするのも大事ですね」

 花をベースに、ディスプレイの現場を知り尽くしてきた。元来、陳列は得意だ。VMDの仕事は食品中心に、雑貨・家庭用品などをやっていきたいという。

 夫が転勤になったらどうするのか、聞いてみた。「もう、行きません。娘も高校1年になりました。夫には単身赴任してもらいます(笑)」

 彼女を見ていると「何でも吸収してやろう」という意気込みが強く感じられる。あこがれを現実にするパワーはここから生まれてきているだろう。そのパワーは、人との出会いを広げてきた。

 家庭と仕事の両立は並大抵ではない。時として女性は家庭のために夢を捨てなければいけない。しかし、彼女の場合、何回も転勤したことが、逆にバネとなって自己実現を達成している。職人としてのライフコースにエールを送った。

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