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〒104-0061 東京都中央区銀座7-13-20 銀座THビル9F
繁田 和美さん
空間クリエイターオフィス「agave」主宰
VMDインストラクター
「「agave」ってアゲイブと読めばいいの?」 「いえ、アガベと読みます。メキシコの植物の名前です」
この風変わりな名前は、繁田和美さんのオフィス名。「agave」を画像検索してみる。・・・あ、サボテンの名前か。フンフン、メキシコに自生していて、百年に一度花を咲かせることもある、か。百年に一度の不況の年に、花を咲かせてくれる会社はいいな・・・。
繁田さんは、武蔵野美大空間演出デザイン学科を出てから東京でVMDの仕事をしてきた。業態は百貨店、駅ビル、ファッションビル・・・。扱い品目はインテリア、アパレル、雑貨・・・。一通り仕事をこなしてきた。小さい会社だったので、企画・デザイン・演出と何でもこなした。自らデコレーターになることもしばしば。徹夜も何回も経験した。翌日からは、店舗の前を歩く客が自分のつくったディスプレイに立ち止まってくれる。感謝。それなりにいい作品もつくってきた自負もある。 入社して7年はがむしゃらに頑張ってきた。その時はそれでよかった。でも、このまままっすぐいくよりも、横道にそれて道草してみたい。そう考えるようになった頃。
お世話になった会社を辞めて、静岡に戻った。そして駿府城のお堀に囲まれた公共施設の一室に事務所を構えた。独立したのだ。インキュベーシ ョンセンターだが、彼女と同じ志を持ったクリエーターがたくさん集まっている。刺激になった。
今までは一社員だったので、仕事をこなせばよかった。だが、一人立ちしたからには、今度は仕事をつくらなければいけない。しかし、静岡で仕事をするのは初めてなので、どんな客がいるのかも見当つかない。VMDという言葉をしっている客もそうそういないだろう。あれこれ営業の仕方に悩んでいるときに、県から仕事の依頼が来た。「お店づくりを相談したい店があるから、アドバイスしてほしい」というのだ。静岡県のクリエーター派遣制度に登録していたのが幸いした。
今まではディスプレイをつくっていくら・・・というスタイルだったので、お伺いしてナンボ・・・という仕事は経験がなかった。トライのつもりでお店にお伺いした。
静岡市街の目抜き通りにできたばかりの、この店は、「Old Campus」(オールドキャンパス)という古着ショップだった。店長であり社長でもある 浅野さんから、悩んでいることをお聞きした。「こんな店にしたいがどうすればいいか」というものが、いろいろ出てきた。
「ヤングだけでなく、ファミリーや中高年に来てほしい」「生活を楽しみながらモノを無駄にしないスタイルを提案したい」「遊べる服屋にしたい」・・・。
このお店は、アメリカのDonation文化と密接に関わっていた。Donationとは「寄付」のことであり、アメリカの公共施設に寄付された衣料を、この店が買い取り、店内に並べているのだ。モノを無駄にしないスタイルとは、このことだったのだ。なにか共感できた。
店内の商品を見せてもらうと、確かにいいものがたくさんあった。でも外からは何のお店か分からないし、店内を見回しても「遊べる服屋」、「Donation」というコンセプトは反映されていないようだった。「誰に対してのお店か」わからないのだ。広い年齢層がターゲット、というのが災いしているのだろう。
店のターゲットをもう少し絞らないと、店のテイストが出てこない。年齢で分けられないなら、趣味趣向のターゲットにしてみたらどうか、と考えた。
そこで、「ポジティブでピースフルなマインドの生活者」というターゲット像をつくった。ナチュラル感覚でいて、ゆったりした生活を送っている人、忙しくても一息ついた自分の時間を持っている人。そんな人に来てもらいたい店にしたらどうか、と提案した。店長はそちらも納得して、「それで行こう」ということになった。
そこで、VMDによるリモデルの手順をひとつひとつ丹念に解説しながら、店舗スタッフといっしょに売場を改善していった。
オールドキャンパスは古着だけではなく、自転車もあれば、CDやDVDソフト、玩具や雑貨も販売していた。2階に自転車、1階はソフト、他は古着・・・とアイテムごとに売場をつくっているが、それだけでは楽しい売場とは思えなかった。もっと「遊べる服屋」にするために、アイテムの垣根を崩す必要があった。
リモデルの季節は初夏だった。奥に引っ込んでいたサングラスと帽子、ストローハットをTシャツと合わせて陳列してみた。その周りにビーチ音楽のCDを置くと、夏らしい雰囲気の売場になった。
自転車を玄関入ってすぐのところに置き、マウンティンバイカーがよく着るアメカジ風のキャラクターTシャツと短パン、パナマ帽をトルソーに着せて自転車とコーディネートしてみた。店の入り口からスポーティでアクティブな夏のシーンが連想できた。
「でも、ターゲットに掲げた「ピースフルな人たち」のための売場にしては、なんとなく物足りないと感じました。で、そうだ、グリーンが足りない、と思いました。ちょうどそのころ、百貨店の癒し空間を演出するVMDをしていて、それがヒントにもなりました」
予算がないので、プランタを100円ショップから購入し、装飾品としてディスプレイに組み込んだ。置き物の馬にツタを絡ませたり、サンダル両足の間にちょこんと置いたり、緑がところどころに見えるようにした。床や什器が木製だったのも手伝って、ナチュラルな空間が演出できた。
商品アイテムに個性的な帽子がたくさんあったのも、立体空間を演出するのに幸いした。カタログ通販から透明のヘッドトルソーを購入していただき、売場のポイントとなる場所にPPとしてセットしてもらった。PP(ポイントプレゼンテーション)とは、来店客の目のポイントとなるディスプレイのこと。これを売場の目立つ所にたくさんつくりましょう、とスタッフを促したのだった。
入口から見える壁に、通路のコーナーに、柱周りに・・・と客を回遊させるための場所をスタッフと決めていき、手分けしてディスプレイを つくっていった。最初は、きょとんとしていたスタッフも、ディスプレイが完成してくるとウキウキしてきた。
例えば、次の写真は「マイケルジャクソンをテーマにした売場をつくったらどうか」という店員のアイデアでつくったもの。パナマ帽をかぶったヘッドトルソーを左右に振りわけて配置し、その間にTシャツを丁寧に積み上げた。さらに壁面にハンガーかけしたり、テーブルから垂らしたり・・・とTシャツが立体的に見えるように工夫した。
スタッフもディスプレイはテーマを設定してからつくるもの・・・という意味がわかったようだった。
「売場塾に通いながら、プランを練ったこともよかったです。導線に沿ったディスプレイの配置やゾーニングの区分け、コーディネートやテーマ設定など、ディスプレイを含めた全体的な改善方法が伝授できました。自分がやるのではなくて、人に教えるノウハウが身に付いたので、今回のコンサルティングにピッタリでした」
出来上がった売場をスタッフが見て、古着なのに高そうに見える、とか、色がまとまっていてよく目立つ、という感想をくれた。うれしく思った。 その後、数日して再び店を訪れた。店長が言うには、来店客数が多くなり、店内滞在時間も伸びたという。店は明らかに、今までとは違う手ごたえをつかんだようだった。
「この結果を聞いて、再び静岡市から売場アドバイスの話しがきました。今度はお茶店です」 なんとなく、VMDコンサルのコツがつかめてきたような気がする。後は経験を積んでいけばいい。そう思って次なるチャレンジに挑んでいる。
自分でディスプレイをつくった時と一転し、今度はクライアントにつくっていただく・・・という、人に教える立場になった。これは発見だった。 だが、これが自分の進む道かまだ解答が出ていない。ヒントのようなものだった。
子供のころから、「何かを表現する」ことが好きだった。いつも表現方法を探っていた。絵や音楽を一通りやってみた。大学時代は劇団に所属して、表現方法を自分の肉体にしてみた。だが、ある時、声を発する演劇に限界を感じた。声を出すことに抵抗が出てきたのだ。
「演劇は言葉遊びができる、というのが長所で、そこが好きでした。でも、私には合わないな、と考えるようになったのです」
そう思った彼女は、パントマイムやストリートダンスに励んだ。大学を卒業して、ディスプレイデザイン会社に就職し、今度はデザインという表現にのめり込んで行った。「やっぱり私には視覚があっている・・・と思いました。ビジュアルに訴えるアートワークが私の目指す方向ではないか、と。だから仕事も自然とVMDになっていったんです」
デザイナーとビジュアルマーチャンダイザーとの違いは、自分を前面に出すか出さないかの違いだという。デザイナーは、クライアントと直に接することは少ない。営業がいるからだ。でも、VMDは売場づくりのプロデューサーだから、店長や販売員と話し、仕入先と話し、施工会社や販促会社と話さなければいけない。演劇のように「声に出す」ことが必須の仕事なのだ。
「自分が遠ざけてきた「声の表現」が違うカタチで空間デザインという表現に融合してきました。VMDは因果な商売ですね(笑)」 道は見えてきたのか?
「まだ、ですね。ですが、今回の仕事を通じて、ゴールが見えない作品をつくる・・・という仕事があるのだな、とわかりました」
VMDとは、「段階」の仕事で、ゴールがないという。ビエンナーレのようなインスタレーション作品は、芸術作品としてそこで終わるが、VMDのインスタレーションは「作品制作段階」だ。1か月いや1日で、つくった作品は変わってしまうこともある。そしてそれは店がある限り変わり続けていく。
しかも、作品をつくるのは自分でなくて他人。 つまり店員だ。あくまでも自分は指南役で、手を出すことはない。で、来店客は店員のつくった作品を買ってくれる。
彼女はいう。「人と関わりながら、視覚表現を「段階のもの」としてこなしていく。店頭のビジュアルを見ても、映画のフイルムの1コマを見ているにすぎないんです」
この夏、彼女はひとつの区切りをつけた。「ブルーミング・パラダイム」と題した個展を静岡市クリエーター支援センターで開催したのだ。新作を含め、過去の展示装飾や路上パフォーマンスで用いたインスタレーション作品を一堂に集めた。花や動物を使ったモチーフのディスプレイが広いルームに咲き誇る。会期中は、お茶やお菓子を来場客にふるまった。
そういえば、agaveも百年に一度咲くという花だった。パッと咲き誇ったディスプレイ群は彼女のタレント性の開花かもしれない。
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